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胡同

(2004年6月)

大通りを一歩奥に入るとすぐに家々が密集する路地が現れる。北京ではこれを胡同と呼び、老北京(北京っ子)の生活の場となっている。その数はおよそ千ともいわれ、かつての王朝時代には、皇族から庶民までその生活とは切り離せないものだった。オリンピック開催などで勢いづく都市開発の影で姿を消すものも多いなか、その歴史と成り立ちを振り返りたい。

胡同、今昔

胡同とはもともと「集落」や「井戸」を意味するモンゴル語。細い路地に家々が連なるその町並みは約700年前の元朝時代に形成され、明・清朝にかけ故宮を中心に発達した。その数は何千とも推測されるほど無数だったが、これは皇族や貴族から庶民までが胡同で暮らし、みな四合院と呼ばれる伝統住居に住んでいたためだ。

近年は都市の再開発とともに大部分が取り壊されつつある。しかし今も東城区、西城区に多く残り、とりわけ什刹海周辺は保護区域として守られている。



四合院の建築様式

胡同にひしめくように集う中国の伝統的居住建築が四合院だ。その昔の四合院は、まず門構えを見れば、主の職業や地位が分かるようになっていた。例えば門石が四角いのは文官、丸いのは武官の家柄だ。

門をくぐり中に入ると、院子と呼ばれる中庭を中心に、四方をぐるりと部屋が取り囲んでいる。四合院には、貴族達が住んだ豪奢なものから庶民が住んだ一般的な建物まであるが、規模に差こそあれ、この建築様式に大差はない。



歴史的人物が住んだ四合院

胡同保護区域の什刹海周辺。湖畔巡りの途中で路地を裏に入ったり、地安門大街東の南鑼鼓巷と呼ばれる通りを散策すると古き良き胡同の姿を楽しむことができる。

周辺には歴史上有名な人物の住居も数多い。鐘楼の北にある豆腐池胡同の「毛主席故居」や、南鑼鼓巷そばの帽児胡同にある清朝最後の皇帝溥儀の皇后、婉容が住んだ「婉容故居」などがそうだ。しかしこれらは一般公開されているものが少ない。

現在見学できるものとしては、まず恭王府をはじめとする各王府が挙げられる。恭王府は小説「紅楼夢」の舞台である大観園のモデルだったという俗説が生まれるほどの大邸宅だ。そのほか溥儀の生家でもある「宋慶齢故居」などでは貴族の贅沢な生活をうかがい知ることができる。

ごく標準的な四合院としては以下のようなものがある。




失われていく景色

2008年のオリンピック直前に、北京市内は目まぐるしい速さで開発が進んだ。その発展の影で消えつつある胡同文化を保護しようと立ち上がったのが写真家の徐勇だ。彼は上海出身で11歳の時に北京に移り住み四合院などで暮した。そして1990年に写真集「胡同101像」を発表、作品は日本でも「北京下町の路地 胡同」のタイトルで刊行されている。

さらに彼は、胡同をより多くの人に知ってもらうため観光客向けに、政府の後援を得て胡同巡り専門の旅行会社、北京胡同文化游覧公司を成立。ツアーを実施している。

胡同ツアー(胡同游)

日本語ガイドによる説明を受けつつ、人力三輪車に乗って鼓楼や胡同を巡り、四合院造りの一般家庭を訪れる、胡同遊覧コースなどを用意。

OPEN:9:00~17:00(予約受付)
FEE:胡同遊覧コース180元(所要時間約150分)など
ADD:西城区地安門西大街26号(北京胡同文化游覧公司)
TEL:(010)8407-2119


映画の中の胡同

新しい北京と伝統的な胡同、その対照的な姿は映画のなかにも見ることができる。中国映画を代表する巨匠のひとり、チャン・イーモウ(張芸謀)は現代北京を舞台に「キープクール(有話好好説)」を撮影。チェン・カイコー(陳凱歌)は15人の監督が参加した短編集「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス(10 MINUTES OLDER THE TRUMPET)」のなかで「夢幻百花」を発表。それぞれの視点で胡同の今を捉え、フィルムに残している。


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